夫は明け方まで飲んで、私は晩ごはんを作り続けた

「今日何作るの?」

帰宅前に夫からLINEが来ます。メニューを答えると「その気分じゃないから飲みに行く」と返ってくる。

……じゃあ最初から聞かないでほしい。

ごはんを作っている途中で出ていく

夕方、キッチンに立って料理をしていると、夫が「やっぱり飲みに行く」と言って出ていくことがあります。

途中まで作っていたおかずが、テーブルに並ぶことなく冷めていく。子どもたちと三人で食べる夜ごはん。

腹が立ちます。でもそのうち「帰ってこられるよりいいか」と思うようになっていきました。いないほうが空気が軽い。夫がいない食卓の方が、笑って食べられる。

そのことに気づいたとき、少し悲しくなりました。

自分は明け方まで飲むのに

夫は平気で明け方まで飲んで帰ってきます。誰にも何も言わずに。

私が友達と夜ごはんに行こうとすると「誰と?」「何時に帰る?」「なんでそんな遅くまで」——過去、何度もそういう言葉をかけられてきた。

この差はなんなんだろう、とずっと思っていました。

夫が飲みに行くのは「当たり前」で、私が出かけるのは「許可が必要」。そんなルールを、いつの間にか受け入れてしまっていた。

「かまへんよ」は本音じゃなかった

飲みに行くと言われるたびに「かまへんよ」と答えてきました。

本人も「怒ってないし」という顔をしている。だから私も怒っていないふりをする。

でも本当は、怒っていました。疲れていました。また一人で子どもたちのごはんを用意して、片付けして、寝かしつけて——その全部を、「かまへんよ」の一言で飲み込んできた。

言えなかった言葉

「私だって飲みに行きたい」
「たまには子どもを見てほしい」
「帰ってくる時間くらい連絡してほしい」

全部、言えませんでした。言ったところで「そんなことで」と流されるか、機嫌が悪くなるかのどちらかだとわかっていたから。

黙って続けることが、一番ラクだと思っていた。でも本当は、全然ラクじゃなかった。

50歳になって思うこと

あの頃の「かまへんよ」を、今の私が聞いたら「かまへんくないやろ」と言ってあげたい。

我慢することを、当たり前にしてはいけなかった。怒っていいときに、怒っていよかった。

遅かったかもしれないけれど、今からでも「かまへんくない」と言える自分になっていきたいと思っています。

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