不妊治療を始めて数年が経ちました。
最初は、自分に原因があるのだと思っていました。
子どもができないのは私のせい。
そう思い込み、自分ばかり責めていました。
夫も検査を受けました。
結果は、精子の数が少なく、運動率もあまり良くないというものでした。
その結果を聞いた時、少しだけ気持ちが軽くなりました。
私だけが原因じゃなかったんだ。
そう思ったからです。
でも同時に、夫婦二人の問題なんだと改めて感じました。
医師から人工授精を勧められました。
当時の私は、
「これで妊娠できるかもしれない」
そんな期待を抱いていました。
人工授精の日は朝から落ち着きませんでした。
夫から預かった精子の入った小さな瓶。
誰にも見られないように胸元にそっと隠して病院へ向かいました。
今思えば不思議な光景ですが、当時は必死でした。
でも、その前に毎回しなければならないことがありました。
夫にお願いすることです。
排卵日に合わせて準備をしてもらう。
それが私にはとても気を遣うことでした。
言いづらい。
頼みにくい。
でも治療のためには必要。
その繰り返しでした。
病院へ通うのも私。
検査を受けるのも私。
薬を飲むのも私。
排卵日を気にするのも私。
時々、
「なんで私ばっかり頑張らなあかんの?」
そんな気持ちになることもありました。
人工授精の日は、
これで赤ちゃんが来てくれるかもしれない。
そう思うと期待せずにはいられませんでした。
でも結果は陰性。
生理が来るたびに落ち込みました。
トイレで一人泣いたこともあります。
それでも次こそは。
次こそは。
そう思って治療を続けました。
人工授精は1回では終わりませんでした。
2回目。
3回目。
4回目。
回数が増えるたびに期待よりも不安の方が大きくなっていきました。
周りでは友人たちが母親になっていきました。
出産報告を聞くたびに、
「おめでとう」
と言いながら心の中では泣いていました。
そんな自分が嫌になることもありました。
そして7回目。
医師から言われていました。
人工授精は7回がひとつの目安だと。
私の中でも、
「7回やってダメなら次を考えよう」
そう決めていました。
私はもう疲れていました。
身体も心も。
仕事をしながらの通院。
毎月の期待と落胆。
お金の負担。
夫婦で話し合う時間。
全部が重く感じていました。
夫も辛かったと思います。
でも女性の体で治療を受けるのは私でした。
注射も検査も薬も。
結果を一番に受け止めるのも私でした。
7回目も妊娠しませんでした。
病院からの帰り道を今でも覚えています。
車の中で涙が止まりませんでした。
「あんなに頑張っているのに」
「どうして私だけ」
何度もそう思いました。
そして医師から言われました。
「次は体外受精という選択肢があります」
正直、怖かったです。
費用も高い。
身体への負担も大きい。
本当にそこまでして授かりたいのか。
自分自身に何度も問いかけました。
でも私は諦めきれませんでした。
子どもが欲しかった。
ただ、それだけでした。
次回は、人生で一度だけ挑戦した体外受精のことを書こうと思います。
そして、その治療で授かった最初の命の話を。

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